“Revisional notes and new descriptions of stag beetles from China 2 (Coleoptera: Lucanidae)”
HAO HUANG & CHANG-CHIN CHEN
in Beetles World No. 26 December 31, 2024, pp. 8- 42.
※掲載許可とってます。Thank you very much Mr. Huang!
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【まとめ】
※『中華鍬甲2』が、主としてLucanus及びNeolucanusについてまとめた著作であることから、
本稿では、マルバネクワガタ属Neolucanusについての考察が前半を占めている。マルバネクワガタについて関心のある方は要チェックな内容なのでdon’t miss it!
ミヤマクワガタ属Lucanusについては以下の3点が考察された:
- 湖北省の侯河から、Lucanus fanjingshanus Huang & Chen, 2010 の新亜種を記載した。すなわち、Lucanus fanjingshanus wangpingi ssp. nov.
- 国際動物命名規約に照らして、Lucanus furcifer Arrow, 1950の同定を明確にした。
- Lucanus liuyei Huang & Chen, 2010の分類について議論し、L. liuyeiとL. wuyishanensis Schenk, 1999との関係については依然として結論が出ず、核マーカーについての今後さらなる研究の必要性を確認した。
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【pp. 16-17/ pp. 38-40, Fig. 41-48】
1. 新亜種の記載
Lucanus fanjingshanus wangpingi Huang&Chen, 2024
ファンジンミヤマ 亜種ワンピン
2024年7月に湖北省にて得られたばかりの個体をもとに記載。
パラタイプは10♂♂、14♀♀
名前は、Yangtze University 长江大学(Jingzhou, Hubei, China)のDr. Wang Ping ワン・ピン博士にちなむ。
貴州省、および四川省のファンジンミヤマとは、以下の点で区別できる。
- ♂の大あごはより湾曲する、中ほどで直線的に伸びない。
- 大あごの基部の第一歯は、すべての型で明確に発達する。
- 大型の♂では、頭冠が外側に広がり、より上方へ隆起する。
- ♀の背面はより光沢がある。
ただ、♂♀ともに交尾器における違いはみられない。
また、COIバーコード配列から推定された系統樹では、両亜種は単系統群を形成している。
同時に、ファンジンミヤマは、ラサミヤマの姉妹種であることが分かった。
Lucanus lhasaensis Schenk, 2006 stat. rev.
※ こうした一連の調査・検討でHuangらは、これまで彼らの分類においてチョウセンミヤマ(ディボウスキー)の亜種Lucanus dybowskyi lhasaensis Schenk, 2006から、Schenkによる記載当時の種sp.の扱いに戻した。
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【pp. 17-18】
2. フルキフェル問題
Lucanus thibetanus furcifer Arrow, 1950 & Lucanus cheni Huang, 2011
※ 韓国出版の著作(Yi 2023: p. 157, pl. 143)やシェンク氏は、依然としてfurciferフルキフェルの名がチベットおよびシッキムの個体群に有効だとして、その著作や論考に用いている。こうした事態に対して、ここであらためて、cheniチェンミヤマの名付け親であるHuang氏が、その名の有効性を明確にする手続きをしたわけだ。本文まとめは過去記事でも書いてきたことなので、内容については省略する。指摘される以下の一文、「雲南の♂をタイプに指定した」ということは、明確な事実なのですが・・・。
Arrow(1950)は、2つの異なる種をLucanus furciferという単一の種として特定するという誤りを犯したが、雲南省の♂をその名のタイプとして選択している。(p.18, l. 3-5)
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【pp. 18- 19/ p. 41, Fig. 49】
3. リュウイエミヤマ、シノニム問題
Lucanus liuyei Huang & Chen, 2010
Zhou et al. (2022)の「ミトコンドリア(16S rDNA、COI)および核(28S rDNA、Wingless)遺伝子を用いたと宣言された系統解析」に基づき、リュウイエはウーイーのシノニムとした一連の論考に対して、考えを示した。
※ 系統分析の難しい話なので、省略せず、全文を日本語訳した。
誤りがあればご指摘ください!
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現在、その論文で使用されたデータにGenBankウェブサイト(ncbi.nlm.nih.gov/genbank/)を通してアクセスすることが出来る。確認したところ、シトクロムc酸化酵素サブユニットI遺伝子、大サブユニットリボソームRNA遺伝子、およびwingless遺伝子に限っては確認出来たが、Zhouらの分析では、少なくともリュウイエLucanus liuyei Huang & ChenとウーイーLucanus wuyishanensis Schenkに関する部分では、核28S rDNA遺伝子は使用されていないことが判明した。
① 分子解析には重要な誤解がある。ミトコンドリア系統樹はすべてを表し、種間の境界と進化関係を反映している。しかし実際には、複数の要因がミトコンドリア系統樹に影響を与える可能性がある。1)交雑は遺伝子流動につながる。2)不均等な進化。
具体的な例としては、環境変化の圧力が高い場所では、種が急速に進化する可能性があるが、これはミトコンドリアの差異の程度には反映されない。前回の記事(Zhou et al., 2019)におけるフタテンアカクワガタProsopocoilus blanchardi(Parry, 1873)に関する問題は、不均等な進化のために、ミトコンドリアの系統樹が、実際の進化過程を反映できなかったことによるものである。そして、現在議論されているリュウイエとウーイーの問題については、交雑や極めて急速な進化による遺伝子流動が原因で、ミトコンドリアDNAの分化が不十分である可能性が高い。
② 分子解析にはもうひとつ誤解がある。それは、ミトコンドリアデータと核遺伝子データの併用解析があらゆる状況で適用できる、というものである。
確かに、明確な区別ができる大多数のケースでは、併用データはデータ利用の効率を最大限に高めることができる。しかし、適用できない状況もある。例えば、近縁種間の関係を論じる場合、ミトコンドリアのデータは核遺伝子のデータとは別に分析すべきである(Khan et al., 2023)。
ミトコンドリアDNAは、雑種交配によって大規模な遺伝子流動が起こりうるため、進化上の全体的な関係を反映できず、進化関係の推論を妨げる可能性がある。実際、蛾のクスサン属Saturniaの最近の論文(Khan et al., 2023)の例のように、近縁種の中には核遺伝子でははっきりと区別できるが、ミトコンドリアDNAでは入り組んだ関係になっているものもある。リュウイエLucanus liuyeiとウーイーLucanus wuyishanensisもこの範疇に属する可能性があり、複数の標本との比較から生殖器には比較的明らかな区別がある。
Genbankからダウンロードしたwingless核遺伝子データを用いて、Lucanus属の系統樹を構築したところ、Lucanus wuyishanensisの3つのサンプル(WUZJ5、WUZJ6、WUFJ7)は、Lucanus fortunei + Lucanus swinhoeiグループ、またはLucanus maculifemoratusグループ + Lucanus thibetanusグループに分類された。wingless遺伝子は非常に保守的であり、また、Zhouらの(2022)の統合データ分析では、これら3つのサンプルがまとめてクラスタリングされていたため、Zhouら(2022)がこれらのサンプルのwingless遺伝子の配列決定プロセスでまちがいを犯し、これらのいくつかのサンプルのwingless遺伝子データが不正確になった可能性が高い。したがって、wingless系統樹のリュウイエLucanus liuyeiのクレードにおけるサンプルWUFJ5のwingless遺伝子も誤ったデータである可能性がある。
リュウイエLucanus liueyiの例は、wingless系統樹上で全てがクラスター化されており、ウーイーLucanus wuyishanensisのサンプルとの入れ子関係を示していない。これは、2つの種が核遺伝子において異なることを示す明白なシグナルである可能性がある。wingless系統樹上において、2種が異なるクレードとして明確に分離できない理由は、明らかにwingless遺伝子が提供するデータ量が少ないためである。wingless遺伝子のデータ量がこれほど少ないと、ルカヌス属の近縁種を多く区別できない。
結論:Lucanus wuyishanensisとL. liuyeiの関係は、依然として未解決である。既存の生殖器の証拠とwingless系統樹の出来映えから判断すると、この2種は同一種である可能性も異なる種である可能性もある。最終的な判断を下すには、次世代シーケンシング(NGS)技術を用いた分析のための多数の核マーカーの導入が必要である。
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所感
1、新亜種の記載について
2023年頃よりファンジンミヤマが保護エリアの貴州省のみならず、四川省にも生息していることが確認されたが、ここで新産地以上の「亜種」登場というレベルの展開には、正直興奮した。アツい!
ビークワ75ミヤマ特集(2020)において、ファンジンミヤマを「ミヤマグループ」に分けたことに支持を得るのはけっこう難しかったんだけれども、この亜種の登場で、納得いく人は多いのではないかと思います。
ファンジンよりも丸いフォルムで、頭冠が横に張り出す点、基部の歯が発達する点は、本亜種の特徴。
大あごの、ブツッと切れた裁断状で尖らない内歯も、いい感じ。
まさに、チョウセンミヤマのカタチへ連なる系譜のミッシングリンクを補完してくれる存在が、湖北省にいたわけです!
過去記事は以下。
また、ここでラサエンシスをチョウセン亜種からの種への昇格(事実上記載時のステータスに戻した)させましたが、その扱いには自分は異論はありません。
ヘッダーにあるミヤマクワガタ属リストも改めておきます。
以前の記事は以下。
中国本土の進捗率、私的な感覚でまだまだ、50%くらいなんじゃないでしょうか~もっともっと出そうw
データが正確な研究のキモですから今後もよりいっそう、
中国政府の絶大なる力をバックアップに調査研究が進展することを期待します!
2、フルキフェル問題について
ここでHuang氏が論文で書いている内容は、以前に私が書いたものとほぼ同じなので、繰り返しになるので書きませんが、
写真付なのでより分かりやすいかと思いますので、以下リンクを参考にしてくださいませ。
それでもここで、あらためて図示しますけど、
Arrow自身が、「雲南の個体をタイプ」って書いているのは、紛れもない事実でありましてですね~余地ないんですよ。
引用:Arrow(1950)p. 47
で、巻末に図示した個体(シッキムと思われる)には「Type」って書いていません。一方で、ラミニフェルには「Type」って書いてあるけど、逆にそれが証!
引用:Arrow(1950)Plate III
なので、フルキフェルの名が、シッキムの「4」↑の名前になる余地は無いのです。
なので、「上のプレート写真は、Arrowが2種混じった標本のなかの、タイプじゃないオーベルチュールの個体を写真に載せちゃったんだけど、実はそれは違う種類だった!というミスした部分」、ということができるでしょう。
「プレートにfurciferとして載ってるから、その標本が名前のそれだ!」と主張するのは、お門違いなのです。
3、シノニム問題について
中国本土のLucanus属の考察に関しては、基本的にHuang氏らの方針にならう立場です。
なので、あのシノニム論文でまじか~と思っていた中で、今回の論考においてこのようなレスポンスがあったことを、個人的に嬉しく思いました!
過去記事参考:
遺伝子を用いた系統分類については、例えば、
「ここの数値がこのくらい違ったら種レベルで違う」というような具体的な基準やラインを設けて、すくなくとも同じ分類群を研究している研究者のあいだでその案配を共有しないと、けっこう何でも言えてしまうじゃんなカオスじゃないですか。
より精緻な分析になってきたとはいえ、その点ではまだまだ外見上の差異にもとづく「形態分析」は、十分に意味があると言えます。
とはいえ、形態の認識でも、けっこう個人の感覚差があるんだけど。。。
「個体差」や「地域差」をもっと味わう、出会いを楽しむことが、「違いや本質を見抜く」感覚を磨くように思うんですよ。
飲み屋のママみたいな。
まったく同じ外観だとしても中身が全然違うとか、そんな驚異もあったり。
とりわけ自然は、人智を、想像を、大幅に超えてきますよな~。
「違和感」を味わい尽くせ!