「フルキフェル」の名の行方 

バッカス(1978)が、フルキフェルのレクトタイプに、シッキムSikkim産の個体を選ばなかったことは残念だ。しかしながら、バッカスのレクトタイプ指定が有効であることを、我々は受け入れるほかない。(『中華鍬甲・弐』, p. 16)

『中華鍬甲・弐』、すなわちHuang & Chen(2013) において、著者は、バッカスによるフルキフェルのレクトタイプ指定(1978)の有効性については、動物命名法国際審議会 :International Commission on Zoological Nomenclature, ICZN にゆだねるべき事案だ、と結び、チェンミヤマLucanus cheniの新種記載(2011)が正当である、と言及している。

 

さて、行きましょうか~

さんざん書く書く言って、はや何年・・・

この事案は、ミヤマの種をある程度知っていることや、分類の基礎知識を前提とするので、正直、難しいです。

ミヤマ中級者以上のための話題です・・・ついてきてください!

だーっと書いていくので、あと見返してうまくないとこをひそかに書き直したりするかもだけど、そこはひとつ、宜しくお願いします。笑

 

始まりは、『中華鍬甲・壱』 =Huang & Chen(2010)の発刊後、ほどなくして出された、2011年のこのZootaxa論文=Huang, He et Shi (2011)です。

ここで、チェンミヤマLucanus cheni が新種記載されたのですが、それにあたってフルキフェルミヤマLucanus furciferの学名をめぐる問題が整理されました。

 

その際、重要な観点となったのが、1978年に行われていたバッカスによるフルキフェルミヤマのレクトタイプ指定、すなわち、ホロタイプに相当する標本を選定しなおす処置です。

『中華鍬甲・壱』 =Huang & Chen(2010)の時点では、この、アローの記載における分類上の問題を再検討したバッカスの論文が見過ごされていたのです。それをその発刊後すぐに着手したことがわかります~キッカケはなんだったんだろう。このバッカスの再検討は、(他の昆虫分野においてはどうか分からないのですけれども!)クワガタムシを扱う分野においては、ほとんど注目されることが無かったと思われます。藤田(2010)=新『大図鑑』の巻末「参考文献」欄には、リストアップされていません。

 

さて、問題はこうです。

アローが1950年の著作で図示したフルキフェルは、じつは複数の種が混じっていたタイプシリーズ(記載の際に検した標本)のなかのひとつでした。
そのかたちから、おそらくインド・シッキムの個体と推測されますが・・・著者アローは、著作の標本プレートに図示した標本ひとつひとつに対して、産地データを記していませんでした。つまり、ここには「新種記載」と本文で記述しながらも、はっきりと「これがホロタイプだ!」と図示していない、という問題があったわけです。

こうした曖昧な点について、実際に記載文に照らして再検討したのが、このバッカスの論文なのです。

そのバッカスの論文は以下。

 

フルキフェルミヤマに言及した箇所はココになります。↓

この、たったの5行。

この、じつに簡素な記述のみで、アローが「フルキフェルfurcifer」という名で新種記載した種のタイプ標本は、雲南省Yunnanの個体、にレクトタイプとして選定されたのです。

[アロー自身がその著作のなかで「タイプは雲南だ」と言っていること、(タイプシリーズの中にこの個体以外に)雲南省のラベルの付いた標本は無い]

[ ]の中に書かれた上記の2点が、決定的な選定基準になったと言えるでしょう。

そして同時に、このような処置がなされて明らかになるのが、

「雲南」の種と明確に異なっていた巻末のプレートに図示された個体、すなわち、インド・シッキムSikkimよりもたらされたと推察される個体(パラレクトタイプ標本となる)は、事実上の「名無し」となる!ということ、です。


これが注目点。

※ バッカスの記述では、フルキフェルの名の年が「1949」となっているが、これは正しくない。
アローの書籍の出版は1949年から始まったが、フルキフェルが記載された第4巻の発行年月日は、正確には「April 28, 1950」だった。
なので、正しい学名表記は、Lucanus furcifer Arrow, 1950 である。

 

さて、タイプ標本となった雲南省産の個体というのは、これ↓

 

 

この問題を取り上げたHuangら(2011)に対し、ドイツのシェンクは、Beetles World No.6 (2012)のp. 11で、

「チェンミヤマは、フルキフェルのシノニムだ」

と、反論しました。

⇒ Schenk 2012, Taxonomical notes to the family Lucanidae (Coleoptera, Lucanidae)Beetles World No.6, 9-15.

 

それを受けて、『中華鍬甲・弐』(2013), pp. 15-16ではあらためて、この問題が考察されています。

 

ここらへんかなりまどろっこしいので、分かりやすく言葉を補いながら、該当箇所を訳したいと思います。

以下、拙訳。

 

p. 15
シェンク(2012)は、チェンミヤマLucanus cheniを、フルキフェルLucanus furciferのシノニムとして整理した。[以下シェンクの考察]

cheniは、バッカス1978の誤同定、雲南個体のフルキフェルのレクトタイプ指定にもとづいたものである。この、元来シングラリス Lucanus singularisのラベルが付され、BMNHにあったレクトタイプは、チベタヌスの亜種(おそらくプセウドシングラリス pseudosingularis)であり、その特徴は、アローが記した精緻なディスクリプション、オリジナルのプレート写真の個体に一致していない。よってフルキフェルは無効名とはならず、cheniはフルキフェルの新たなシノニムと考えるべきである。

 

Huangらも、ここら辺はデリケートだと思ってか、シェンクの考えをそのままに記しています!そこまで写されてしまうと、シェンクの論文を読む必要が無いですね。親切といえば親切です。

下線を引いた部分は、ちょっと唐突すぎないか?意味不明だな~と私が思った部分。

・ 誤同定??
・ 「シングラリスのラベルが付されてた」って言うけど??
・ 「一致していない」って、具体的に、どこが??

もし、『中華鍬甲』を手に取ることなく、シェンクの文献だけを頼っていたら、「へえ~そうなんだ~じゃ『中華鍬甲』の解説はちがうんだね~」とか普通に思っちゃうような分析にみえます。

 

こういったシェンクの見解に対して、Huang & Chen(2013)では、以下のように続けます。(分かりやすいように適宜言葉・傍線を補っています。)

 

シェンクは、アローの記載をよく読んでいない。それは、チベタヌスとフルキフェルの両者に当てはまる特徴だ。シェンクが信じるほど、アローは正確には形態記述をしていない。

p.16
考察したように、フルキフェルという種を記載するにあたって、アローは2つの種を混在させる同定ミスを犯した。彼は、この2種を区別するための特徴についてはなんら言及していない。加えて実際に、アローは本文中で、タイプは雲南省Yunnanからもたらされたと、確かに、記述している。だが、彼が掲載した標本のプレート写真には、他のすべてについてもだが、産地ラベルを付していない

バッカスによるレクトタイプ指定は、フルキフェルのタイプシリーズの原記載に合致している。(さらにいえば、アローはタイプは雲南Yunnanと記述しているのだから)、バッカスの再検討は、有効でなければならない。
たしかにアローは、フルキフェルはプラネットによって1903年にシングラリスsingularisと誤同定された、と記している。だから、アローが1950年にフルキフェルと名付けるまでは、少なくとも雲南省産のフルキフェルのタイプには、シングラリスsingularisのラベルが付されていたのである。

フルキフェルのレクトタイプは、雲南よりも詳細な産地のラベルは付されていない。しかし、そのタイプ個体は、大顎の大歯の内側に小歯を備えている。それは、雲南省北部に産するチベタヌスの亜種の特徴に合致する。

 

なんとも、ややこしいですね。

日本語を補足しながら書いてみましたが、どうでしょうか。

冷静に考えても、標本の来歴を鑑みれば、1903年にプラネットによるシングラリスのラベルが付いているのは至極当然のこと。

アローが書くようにプラネットの記載は誤同定である以上、それはシングラリスではないし、シングラリスの名がこの個体に有効になるわけでもない。だから、「フルキフェル」と新たに名付けたわけで。

形態に関する記述を置いておいたとしても、アロー自身が、フルキフェルの項でタイプは雲南(⇒次投稿にて詳細!)と記述している事実は、揺るぎません。


このことは、バッカスの手続きの大きな根拠といえるでしょう。

 

例えば、シェンクが反論する「記述とかたちが一致してない」というのは、だいぶ主観をまぬがれません。

また、「シングラリスのラベルがあった」という事実を言ったところで、なにかの根拠となるわけでもない。

さらに、「バッカスが誤同定した」と断じたこと至っては、??・・・正直、何を言っているのか意味が分かりません。笑

ようするに、フルキフェルの名を消したくないわけですな。

cheniの名を有効にしたくない、そんなシェンクの意地が透けて見えるかのよう。

 

こうして、アローがフルキフェルと名付けたタイプシリーズの個体のうち、雲南のチベタヌスの形態をもつ個体に、その名は生きたわけです。

とはいえ、このバッカスのタイプの再指定の話、1978年時点の話なんですよねぇ。

日本人、だれも気づいていなかったよね(笑)

いまさら感が満載だけど、分類研究の蓄積が多いと、こうした研究をきちんと整理していくことは大事なことなんです。その意味でも、HuangらのZootaxa論文(2011)は意義をもっていると言えるでしょう。

 

こうして、アローのフルキフェルは、「チベタヌスのフルキフェル亜種」として、整理されました。

⇒ Lucanus thibetanus furcifer Arrow, 1950

 

で問題の、バッカスのレクトタイプ指定以降、事実上名無しになっていた、あのシッキムの個体。日本人のわれわれがずっと「フルキフェル」と羨望のまなざしで見てきたあのかたちの「種」には、ここで新たに、Lucanus cheni チェンミヤマ、と名前が与えられたのです

 

これが、Zootaxa論文(2011)の概要です。

この論文では、ランミヤマLucanus langi も同時に記載されており、なかなかのボリュームです。

 

しかし、この【雲南のチベタヌス=亜種フルキフェル】については、また別項で扱わなければならないですね~実際、この種には、ベトナム北部に分布するカツラ亜種まで含まれてしまっちゃいましたので!

考察の最後の一文↓は、なかなかに、ざっくりすぎないか???(笑

以下、訳文です。

 

しかし、そのタイプ個体は、大顎の大歯の内側に小歯を備えている。それは、雲南省北部に産するチベタヌスの亜種の特徴に合致する。

 

いずれにしても、「フルキフェル」の名は、われわれ日本人にとっては、別格だったんだよな~なんででしょうね。レア度?かっこよさ?シェンクの気持ちが分からないでもない、そう思う人は少なくないはず~!

と、こんなところでよろしいでしょうか。

以上、フルキフェルの名の行方、でした。

Author: jinlabo

2 thoughts on “「フルキフェル」の名の行方 

  1. なるほど〜
    こんな経緯があったのですね。
    これからも誰も教えてくれないミヤマの謎を少しずつでも発信お願いします。ブログの更新いつも楽しみにしています。
    それと画像の個体素晴らしいですね〜

    1. それぞれの種にいろいろな経緯がありますからね。
      とくにチベタヌス系は混沌としていて、整理するのが億劫になります。も少し整理して見やすくしたいな~
      チェンミヤマ、画像のは細い個体。変異がありすぎですこの種も。

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