ミヤマのimage 古典③ ~リーベラーリスの『メタモルフォーシス(ギリシア変身物語集)』

前回の神話の出典の続き。3冊目。
以下に関係箇所の引用を挙げる。

メタモルフォーシス ギリシア変身物語集

(講談社文芸文庫)

アントーニーヌス・リーベラーリス / 講談社

 

安村典子/訳,講談社文芸文庫,2006年
108-111頁

(引用)
第22話 ケラムボス

[・・・羊飼いケラムボスの生い立ち・・・] 

ケラムボスはこのようなことを語って、妖精たちを嘲笑していた。ところがしばらくすると突然霜が降り、谷川の水が凍りついた。大雪が降ってケラムボスの羊は小径や木々と同様に、雪に埋もれてしまい、ついに姿を消してしまった。そして妖精たちは、木を食べて生きるかぶと虫(ケラムビュクス)に彼の姿を変えてしまったのである。ケラムボスが彼女たちを嘲ったことに対して憤りをいだいていたためであった。
 この虫は木材の上に見つけることができる。かぎ型の歯をもち、両顎をしきりに動かす。体は黒く、楕円形をしている。丈夫な羽根をもっており、大きなフンコロガシに似ている。またこの虫は「木を食べる牛」とも呼ばれており、テッサリアー人はこれをケラムビュクスと呼ぶのである。子供たちはこの虫をおもちゃにして遊び、頭の部分を切り取って、飾りとして身につける。頭部には角があり、亀の甲羅から作られたリュラー(楽器)の形に似ている。
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このリーベラーリスの物語には、興味深い点がある。

「ケラムビュクス」

という呼称だ。

この本の巻末の註において、訳者は、この虫をCerambyx cerdoと解説している。Cerambyx cerdo Linne, 1758 すなわちCerambycidae:カミキリムシである。

そして、「実際にはフンコロガシとの共通点は少なく、姿形もあまり似ていない。」と、なにか、とんちんかんなことを述べている。

クワガタムシに変身したと語られてきたケラムボスは、どこかでカミキリムシと混同されてしまったのだろうか。

 

これについて私見をのべるならば、

リーベラーリスによって語られる描写は、クワガタムシのことを言ってると理解して無理はないように思っている。

とりわけ、

木を食べる牛」という描写などは、プリニウスが『博物誌』で言及した「ルカニアの『牛』」に通じる。

また、

クワガタムシは、質感や重厚さ、脚の感じなどの点でカミキリムシよりはフンコロガシに近しいし、とりわけリュラーの形に似ている」と記している点などを考慮するならば、それはクワガタムシLucanus cervusが、大顎を開いた頭の形ではないか。

それ以外のものを想起することは、むしろ難しいように、私は思う。

こう考えると、テッサリアにおける「ケラムビュクス」という呼称は、クワガタムシやカミキリムシといった甲虫の中でも、大型で飛翔力が強く、大なり小なり「大顎」を備えた甲虫、をまとめて指すものだったのかもしれない。

 

しかし、
いただけない点がひとつ、訳についてである。

訳者は「木を食べる牛」について註を付し、

「かぶと虫の幼虫は特に樫の木を好み、驚くべき勢いで穴をあける。かぶと虫が巣をつくると、その木は材木として使い物にならなくなるという。」

と書いている。

これは、カミキリムシによる樹木の食害を記したにちがいない。

しかし、カミキリムシは、「かぶと虫」ではない!!

=ここでいう「ケラムボスのクワガタムシ」でもないし。

まして、「かぶと虫が巣をつくる」という記述には、目が点になるほどの違和感を禁じえない。

文中の「かぶと虫」とひらがな表記したことが、暗に、広義の「甲虫」を示唆するのなら分からなくもないのだが・・・。

もう少し、訳者自身の自然へのまなざしがほしいな~と、思うのである。

Author: jinlabo

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