続 wuyishanensis と liuyei:ゲニの違いは「種」を越えない??

先日の論文考察から少し時が経ってしまいましたが、その論文の正当性を考えるに当たってHuang & Chenの著作を見直したりしてました。

なぜなら、種に分類していることには、「根拠」というものがあるからです。

Haung & Chen氏らの名誉のために、この二種についてHuang & Chenの著作をたどりたいと思います。

 

最初の『中華鍬甲』(2010)

wuyishanensis (以下ウーイー)は、pp. 56-58に「武夷深山」としてフォーチュンミヤマグループThe fortunei groupの3番目にリストアップされています。標本プレートは、(自分が)分かりやすいように以下に箇条書き。

Pl. 8 —fig. 1 
Pl. 34 —fig. 14
Pl. 60 —fig. 1
Pl. 62 —fig. 3

Schenkの記載(1999)を基本的にそのまま参照したさらっとした記述。タイプシリーズのデータ地は、福建省の北部 Guangzhi(=Guangze County?), Wuyi-shan。

Huangらは、浙江省南部のFengyang-shanで得られた2♂をもちより、本種の分布は、福建省北部~浙江省南部としました。

 

一方、 liuyei(以下リウイェ) は、pp. 93-94で新種記載されました。

Lucanus liuyei sp. nov. 刘氏深山

フォーチュンミヤマグループThe fortunei groupの19番目として(本書『中華鍬甲』の中での19番目という意味ね!)「氏深山」という名が初めて紙面に出てきたわけです。

標本プレートは以下。※赤字はHolotype標本。

Pl. 2 —figs. 12, 13
Pl. 4 —figs. 28-30
Pl. 11 —figs. 5-8
Pl. 25 —figs. 4, 5
Pl. 37 —figs. 6-10
Pl. 50 —figs. 23, 24
Pl. 54 —figs. 9, 12
Pl. 60 —fig. 1 

なかなか多くの写真が載せられていると言えましょう!

重慶市ChongqingのJinfo- shanと、貴州省のFanjing-shanからもたらされた標本を検しています。

外部形態は、おなじみベトナムヒメミヤマ三種カオバン(プルケルス)Lucanus pulchellus Didier, 1925、サパ(フキヌキ)Lucanus fukinukiae Katsura et Giang, 2002、タムダオ(ペザリニ)Lucanus pesarinii Zilioli, 1998 と比較し、その中でも雲南まで生息するサパヒメとの比較がなされ、そして、おなじく雲南に産するデランLucanus derani Nagai, 2000との比較もなされた。

 

ただ、注目したい点は、それらベトナム種よりも近くに生息し、似ているはずのウーイーの名前が一切出てこないこと。

ウーイーは2♂という少ないサンプル数が原因なのだろうか。入稿と時間の問題だったのか。

いずれにしても、両者の比較は行われない新種記載となったことは注意すべき点だといえるでしょう。

 

 

このような流れを経て、『中華鍬甲 II』(2013) に至ります。

この冒頭、いの一番に、ウーイーとリウイェ両種が、I, II, と順番に言及されています。

やはり、懸案だったことは想像に難くありません。

 

p. 3-4において、ウーイーの江西省(南東部Shangrao, 南部Baishanzu)の個体群についての考察。

ゲニタリア(交尾器)はリウイェに非常によく似ているとしながらも、「図のように、L. liuyeiのすべての既知の個体群よりも常に安定して内嚢(鞭毛)が短い。 (with the permantently everted internal sac constantly shorter than in all known populations of L. liuyei as here-figured. )」

このp.4ののゲニタリアの図が以下(引用)です。(スキャンする間なかったので写真で失礼!)

つまり、ゲニの鞭毛の長さが安定して異なる点が、ウーイーとリウイェの区別点だというわけです。

 

そして引き続きp. 4より、広西自治区(Huaping Nature Rserve)よりもたらされたリウイェの個体群について続けます。

それらは、『中華鍬甲』(2010)で新種記載に用いた重慶市や貴州省に見られる個体群に比較し、背面腹面の微毛がまばらで短く、江西省、浙江省、福建省に産するウーイーにより似ていることを指摘しています。

それはメスも同様。

しかしながら、交尾器を観察すると、それはやはりリウイェのものであると。(つまり、鞭毛が安定して長い)

したがって、ここでは確定ではないにせよ見た目に違和感のある(つまり、見た目は基産地より毛の短いウーイー、ゲニはリウイェ)貴州省から広西自治区へと分布する個体群を、暫定的に亜種?(ssp. incert)というカタチで締めくくっています。

 

そして、『中華鍬甲 III』(2017)へ。

 

ここでは、19番目にウーイーの、今回は湖南省の個体群の標本について分析されました。

5♂7♀をサンプルとし、♂については、

「♂の生殖器は、江西省の標本のものによく似ていて、鞭毛は挿入器(陰茎部)よりも著しく短い。(Their male genitalia are in common with those of the specimens from Jiangxi, with the flagellum markedly shorter than the aedeagus.)」

と書かれている。

つまり、II巻で示したゲニの写真に示されているように、リウイェよりもウーイーのほうが鞭毛が短いという特徴から、江西省の個体はウーイーと判断しているわけです。

 

♀については、ここで標本とゲニを初めて図示しています。

リウイェの♀と非常に区別しにくいと言及しつつ、「リウイェの♀よりも、前胸背板の前側3分の1のところでより明確に角ばり、より幅がある。(most of them have the anterior 1/3 point of the pronotum more apparently angled and wider than in L. liuyei.)」

またゲニタリアについては、「リウイェに比べ、より開いたフックを形成する短い受精嚢(a shorter spermatheca which forms a more opened hook than in L. liuyei )」の点で、明らかに異なるという。

 

*****

以上が、Huang & Chenによるウーイーとリウイェをめぐる言説となります。

 

結論をシンプルにまとめるならば、交尾器genitaliaのちがい安定した鞭毛の長短の差を根拠として、両個体群の違いとして議論は進められたといえるでしょう。

 

しかし!

前記事の遺伝子分析の結果は、このHuang&Chenが基準としていた違いは、「種」の壁を越えるモノではないとするものとなったのでした。

みなさま、どう感じますでしょうか。

 

個人的な感想はですね~

♂ゲニの鞭毛の安定した違いは、「種」を越えないんですか~まじか~です。

なんというか、Huang&Chenの著作3つ分になった交尾器精査を加味した緻密な形態分析の結果のほうが、細かい!のに、それは意味をなさない、つまり、遺伝子分析の結果のほうが、ざっくりしているというか・・・いや精緻なざっくり感というか。

 

正直、「種」概念を哲学的に議論をするような泥沼には興味ないんだよね。

この眼で見たカタチからの深山曼荼羅を愉しみたいだけなんだけどね~♪

 

そうと思ったとき、ほかの「種」群のことを案じます。

あれだけごちゃごちゃなチベットミヤマなんかは、はたしてどうなっちゃうのだろう、と。

実は1種で、みな地域ヴァリエーションだったりしてw

 

いずれにしても、現状、分類学的には以下のようなかたちになったのは事実なので、あらためて。

Lucanus wuyishanensis Schenk, 1999
 Lucanus wuyishanensis Schenk, 1999: 114.
 Lucanus liuyei Huang & Chen, 2010:93-94, syn.nov.  
Distribution. China (Sichuan, Guangxi, Guizhou, Fujian, Hunan, Jiangxi).

Zhou LY, Zhan ZH, Zhu XL, Wan X (2022)
Multilocus phylogeny and species delimitation suggest synonymies of two Lucanus Scopoli, 1763 (Coleoptera, Lucanidae) species names.
ZooKeys 1135: 139–155.

 

 

あ、自分、記録あるようだけど、リウイェの四川の、見たことないっすw

Author: jinlabo

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