Thomas DaCosta Kaufmann
The Mastery of Nature: Aspects of Art, Science, and Humanism in the Renaissance
1993, Princeton University Press
邦訳は、以下。
トマス・D・カウフマン 斉藤栄一/訳
『綺想の帝国:ルドルフ2世をめぐる美術と科学』
1995年,工作舎
90年代の本で、いまさらなのですが~知らない方も多いと思うので、邦訳版の装丁が非常にかっこいいってところを、スキャンした画像で貼っときますね!
植物標本を本物と見まがうクオリティで描いた挿絵を、裏面から見た様、茎が裏面に除いている様子をそのままに、表紙のタイトルなども裏文字にして、デザインされています~こういうの好きな人、大歓迎(笑
さて、ここではデューラーの有名な《クワガタムシ》の挿絵が取り上げられます。
これを描いた画家デューラー(Albrecht Dürer, 1471- 1528)は、西洋美術史のなかでもルネサンス期に活躍した美術家のなかでも北方(アルプス以北)の最重要人物として、広く知られています。
宗教画から、版画、ひいては自然物のスケッチ、数学理論に至るまで手がけたことは、それ以後の美術家たちにも影響を与え、本書の第三章<自然の模倣>(p135~)でその一例が取り上げられています。
この《クワガタムシ》が、デューラーの真筆かどうか議論があるところですが、当時は、有名な《野ウサギ》とともに、このルネサンスの巨匠の手になるものと認識されており、高く評価されていました。
ここで注目されるのは、上に図示したデューラーの《クワガタムシ》を模写した、ゲオルグ・ホフナーゲル(Joris Hoefnagel or Georg Hoefnagel, 1542- 1601)という美術家。
彼の作品からは、デューラーによる描写を、さらにリアルに、実物に見まがうようなクオリティで描写しようとした意気込みが感じられます。色味・艶味、顎の湾曲や触角・脚の描写など、画家のこだわりが感じられます。
とりわけ、この羽を開いた状態を描いたものは、もはや図鑑の挿絵のように、細部まで緻密に実物に忠実に描かれています。
ふだんは鞘羽の下に閉じられている薄い翅を広げたクワガタの様子は、当時の人々の目には馴染みのものと映ったことでしょう。なぜなら、クワガタムシは、<飛ぶ鹿>(伊:cervo volante, 仏:celf-volant)と呼称されていたからです。ドイツでは<鹿虫>(独:Hirschkäfer)って感じでしょうか。英語のstag beetle も「鹿」ですね。
文化的に、ミヤマクワガタは「鹿」なんです!
※北米に産するエラフスミヤマLucanus elaphusの「エラフス」もラテン語の「鹿(アカシカ)」ですね。決してelephant(ゾウ)ではありません(笑
実際、欧州のミヤマL. cervusは、日暮れ近くの雑木林の中を飛翔するといったように、飛翔する傾向の高い虫です。
虫を忌み嫌う文化のなかで、この虫に遭遇するときは、飛んでるのを目撃したりすることが多かっただろうな~などと想像しますが、先の翅を開いた描写は、まさに、「リアルな生態」をも喚起させうるような描写と言っていいでしょう。(それが好まれたかどうかは知る由もありませんが・・・)
写実的に描くにあたって、そうしたクワガタの「リアルな生態」から見える姿を描写すること、その追求は効果的に作用したはずですし、この点で、デューラーの<クワガタムシ>以上に「本物らしさ」を表現することができたのではないでしょうか。
もっとも、そうした【本物に見まがうレベルでリアルに描こうとする志向】は、彼のほかの作品を見れば一目瞭然。なかでも三匹の《トンボ》は注目に値します。
ここでトンボの胴体(頭から尻尾まで)は、現代でいう「スーパーリアリズム」と言うような描写で表されました。もちろん「絵」ですよ!
一方で、翅は、なんと、“実際のトンボの羽”が組み合わされています!ぼろぼろになっているのが画像から分かるとおり、実物なのです。まさに、半分がリアルな標本(ムシの亡骸)。
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本書では、自然観察と模倣(p162~)、野ウサギとクワガタムシ(p167~)というように、美術の一大トピックである「模倣」という観点から考察されています。
ホフナーゲルの作品を見ていると、デューラーの系譜を意識しつつも、「刷新」していこうとした美術家らの意思、そうした機運を高めた“時代の精神”が垣間見えてくるのです。
もちろん、こうしたことは、ホフナーゲルひとりの作品・絵画のみに留まりませんでした。
彫刻やブロンズ作品など、立体造形においても同様なのです。
これが、先の【ミヤマクワガタのブロンズ】の話につながっていくんですね。
ではでは~今日はこの辺で。
【つづく】