2022年12月14日、
リュウイエミヤマ Lucanus liuyei Huang & Chen, 2010と、台湾ヒメミヤマ亜種コンチネンタリス Lucanus swinhoei continentalis Zilioli, 1998 がシノニム(synonym:同物異名)として整理されました。
Zhou LY, Zhan ZH, Zhu XL, Wan X (2022)
Multilocus phylogeny and species delimitation suggest synonymies of two Lucanus Scopoli, 1763 (Coleoptera, Lucanidae) species names.
ZooKeys 1135: 139–155.
安徽大学の研究グループによる論考。
Lucanus swinhoei Parry, 1874の4種すなわち、L. swinhoei Parry, 1874とL. continentalis Zilioli, 1998, L. wuyishanensis Schenk, 1999とL. liuyei Huang & Chen, 2010のそれぞれの系統関係について、ミトコンドリア(16S rDNA, COI)と核(28S rDNA, Wingless)遺伝子に基づいて分析したもの。
本論考ではコンチネンタリスを「亜種」ではなく、記載時点の「種」として扱っている点に注意。
結論は以下。
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L. swinhoeiとL. continentalisの間のK2P遺伝的距離は0.0072、L. wuyishanensisとL. liuyeiの間の距離は0.0094、
3つの解析(ABGD、PTP、GMYC)の結果、L. swinhoei + L. continentalis と L. wuyishanensis + L. liuyei を2つの MOTU とする。
したがって、L. liuyei は L. wuyishanensisの新たなシノニムとなり、L. continentalisはL. swinhoeiのシノニムであることが確認された。
Lucanus属は生息地選択、性選択、餌資源などのいくつかの圧力の影響を受けやすく、より厳しい環境条件と小さな生態的ニッチをもつ800 m以上の森林高山地帯に生息する(Switala et al.2014; Chen et al.2020 )。中国南部の中・東部地域は2000m以下の丘陵地形が多く、北東部から南西部にかけて、低山や谷が広がっている(Zhou et al.2006)。
したがって、これまで検討された表現型の変異は、地理的・気候的なちがいによる表現型の分岐に起因するものと考えられる。
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読んでみましょう。とりあえず、まずは導入部ですね。
ちなみに、学名は以下のような種名読みでいきます。
L. wuyishanensis ウーイー
L. liuyei リュウイエ
L. continentalis コンチネンタリス
L. swinhoei 台湾ヒメ
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Lucanus wuyishanensis Schenk, 1999 と Lucanus liuyei Huang & Chen, 2010 はLucanus属の典型的な代表種。
L. wuyishanensisは主に中国南東部( 浙江省Zhejiang、江西省Jiangxi、福建省Fujian)に分布していることが示された。同属のL. liuyeiは中国中南部(広西自治区Guangxi、貴州省Guizhou、湖南省Hunan)に分布し、形態的にはL. wuyishanensisに類似するが、地理的な分布は異なる。
Lucanus swinhoei Parry, 1874 と Lucanus continentalis Zilioli, 1998 の分類学上の関係については、長い間論争が続いている。
Zilioli (1998) は、L. continentalis を L. swinhoeiの亜種としたが、Wan (2007) はL. continentalis をL. swinhoeiのシノニムとして整理した。
Huang and Chen (2010) は、両種の内歯、顎基部の縁、上唇、地理的分布を比較し、前者は主に中国南東部に、後者は台湾にのみ分布する別種であると結論づけ、その後、Huang and Chen (2017)で、L. continentalis をL. swinhoeiの亜種に降格させた。
これまで、L. swinhoeiの分類学上の位置づけは、それを支持する豊富なデータがないにもかかわらず、別種、亜種、シノニムと記載されてきた。
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まず、最近出てきた新顔の「ウーイーとリュウイエ」。
そっくりでどこが違うの?っていうのは、コレクターのみなさまがうすうす感づいて久しい、ある意味、問題点でした。
自分も、産地と体長の平均値(ウーイーのほうが小さい)以外に、明確が違いを指摘できずにいたところで。
そんな曖昧な点に切り込もう!っていうのが研究グループの動機のひとつと推察されます。
一方、台湾ヒメと大陸側に産する亜種コンチネンタリスについても同時に、ここで取り上げています。
正直、なぜここで?
しかも、上記の先行研究まとめのイントロで明らかになった新事実が!
本論考の第4著者のWan氏によってコンチネンタリスは、2007年に、台湾ヒメのシノニムにされていたという・・・
いやいやいやいや、、、誰か知ってました?? (;゚д゚)エエーッ!!!
▶Wan X (2007) Study on the systematics of Lucanidae from China (Coleoptera: Scarabaeoidea).
PhD thesis, Institute of Zoology Chinese Academy of Sciences, Beijing.
『中華鍬甲』のHuang and Chenだって知らなかった事実。
上述のように、2010、2017とコンチネンタリスについてあれこれ取り上げてるということは、何よりもその証拠ですからw
巻末の参考文献リストにも載っていません。知っていたら、無効名である「コンチネンタリス」を用いて、あれこれ説明することはできないわけなので当然ですけど。
学位論文は、近年ようやくオープンアクセスになってきたとはいえ、公刊する・しないは基本的に筆者によりますし。
ひいては、中国国内の学位論文という、アクセス困難な資料であることは確実。分類学的にこのような重要な処置が、そういった場でなされていいのでしょうか。
まさに、寝耳に水です。
だから冒頭で書いた結論で、L. continentalisはL. swinhoeiのシノニムであることが確認されたとなるんですね。
2007年にすでに書いてるから「新たにシノニムとした」とならないわけです。
さて、見ていきましょう。
分子系統解析に際して、まず筆者らは以下のように、総数54匹のサンプルを用いています。
ウーイー 21 /リュウイエ 17
台湾ヒメ 5 /コンチネンタリス 11
ほか、比較用にパリーやフッケンヒメなど、他種を10頭ほどを加えて分析です。
and 10 samples of the outgroup (one each of L. parryi Boileau, 1899, L simithii Parry, 1862, L. fryi Boileau, 1911, L. klapperichi Bomans, 1989, and six L. fujianensis Schenk, 2008).
ミトコンドリアと核の4つの遺
特筆に値します。
引用:Figure 4 Phylogenetic inferences based on four genes (COI, 16S rDNA, Wingless, and 28S rDNA) by maximum-likelihood inference (MLI) and Bayesian inference (BI) with posterior probability. Both posterior probabilities of MLI (above/left of branch) and bootstrapping values of BI (below/right of branch) are shown at nodes. https://zookeys.pensoft.net/article/89257/element/4/425//
リュウイエとウーイー、入れ子状に順序だって並んでおらず、入り交じったかたちに出てしまっています。
つまり、DNA配
両者は「同種」であるといっていいかたちに。
L. wuyishanensisとL. liuyeiのK2P遺伝的距離は(0.0067-0.0110 平均遺伝的距離0.0094)で、このことからもこの2形態は、1種に属することが妥当と示されました。
またCOI遺伝子に基づく3つの解析(ABGD、PTP、GMYC)でも、L. wuyishanensis + L. liuyeiが1つのMOTUであることが示された、と書かれています。
Lucanus wuyishanensis Schenk, 1999
Lucanus wuyishanensis Schenk, 1999: 114.
Lucanus liuyei Huang & Chen, 2010:93-94, syn.nov.
Distribution. China (Sichuan, Guangxi, Guizhou, Fujian, Hunan, Jiangxi).
このような結果を受けて、リュウイエは、ウーイーの新たなシノニムとして整理されました。
この一連の手続きはじつにシンプルで明解、とくに異論の挟む余地のない分析結果だと言えるでしょうか。
つまり、リュウイエは、ウーイーのちょっと大きくなる地域変異(ヴァリエーション)という位置づけでいいわけですね。
一方で、台湾ヒメとコンチネンタリスのほうは、どうだろうか。
考察では以下のような記述。
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図4で、L. swinhoei + L. continentalis のサブクレードは、同じクレードに入れ子になっている(MLB = 100%, BPP = 1)。
L. swinhoeiとL. continentalisのK2P距離(0.0072)は,前者[台湾ヒメ]が、海南島に分布する形態[forms]と同じように、後者[コンチネンタリス]の島嶼集団を表す可能性が高いことを示唆した(Zhou et al.2019) 。COI遺伝子に基づく3つの解析(ABGD、PTP、GMYC)でも、L. swinhoei + L. continentalisとL. wuyishanensis + L. liuyeiが2つのMOTUとして一貫して示された。
ただし、GMYCでは、 L. swinhoeiとL. continentalisを2つのMOTUに分割した。GMYCは、系統間の遺伝的多様性が低く、種間・種内分岐が重なり、また姉妹クレード内の相互単系統性がないため、一般的に種を過剰に分割する(Talavera et al.2013; Pentinsaari et al.2016; Stokkan et al.2018; Yuan et al.2021 )。
※傍線は筆者。[ ]内補足。
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引用:Figure 4 部分
分子系統樹上ではウーイーとリュウイエのときのように入り交じらず、コンチネンタリスと台湾ヒメは「入れ子状」、つまり明確に系統が別れているのが分かります。
また、下のTable2を見ると、コンチネンタリスと 台湾ヒメのDNA配列上の差異は、他の近縁種間(例えばフッケンヒメ
引用:Table 2. https://zookeys.pensoft.net/article/89257/
このようにK2P遺伝的距離が近いので、海南島の場合(同種扱い)を例に出しているのだけれども、
一方で、GMYC解析では2種を分割した結果がでているもよう。ただ、著者らはそれを「過剰に分割した」と断じている。
はたしてこの案配をどうみたらいいのか。 (-ω-;)ウーン.
この点をアカデミックのプロにうかがったところ、
著者らは3つの解析(ABGD、PTP、GMYC)
これらの解析は、あくまでも「配列情報から、
それぞれの解析のリンクは以下。
それぞれのアブストを参照されたい。
いずれにしても、この論考において、K2P遺伝的距離の近さ・3種の解析の結果・海南島の場合(同種扱い)を例に、2007年にシノニムとして整理されたことをあらためて確認した、というわけです。
Lucanus swinhoei Parry, 1897
Lucanus swinhoei Parry, 1874:370.
Lucanus continentalis Zilioli, 1998: 145, Wan (2007) によるシノニム。
Distribution. China (Zhejiang, Fujian, Taiwan Island).
「コンチネンタリス」の名は、未来永劫、使用不可となりました・・・。
引用:Figure 3. Sample collection sites for this study.https://zookeys.pensoft.net/article/89257/
論考を読んでみて、この点、すなわちウーイーとリュウイエの場合に比べて、いくぶんデリケートなコンチネンタリスのシノニム処理の根拠の明示が、本論文のもうひとつの目的であることがわかりますね。
2007年にシノニム処理したWan氏本人が、第4著者(かつ連絡先)として名を連ねている事実からは、自身の学位論文の根拠を補強するために、少々強引にいった節があります。まあ科学系論文には、しばしばその背後に様々な思惑があるものですからね~
K2P遺伝的距離の近さは明確ですし、異論はないのだけど、
系統樹の見た目的にもウーイーとリュウイエの分析結果よりも、明確に入れ子に別れていて明らかによりデリケートに見える分析結果(さらには、GMYC解析では2種を分割した結果がでている)を、「同じ」と断じたところに、なにか奥歯にものが詰まったようなスッキリしない感じを禁じ得ない、というのが正直なところ。
ここをさらに確たるモノにしようと思うならば、さらなる数をみる形態分析やゲニ(交尾器)分析、生態や累代分析など、分類の伝統的な方法が求められるところなのでしょう・・・。
ともかく、「K2P遺伝的距離と、島嶼集団を表す可能性」(中国本土と海南島のような場合)を根拠にしている同種判断なのだから、
中国本土と台湾に生息する種で、
①同種であるもの、➁別種になってるもの、③別亜種になってるもの、
ミヤマクワガタに限らず、他属他種、その他の昆虫のケーススタディを比較検討したりするなど、いろいろと考える範囲が広がるといえますね。
みなさまいろいろ教えてくださいませ~♪