ビークワ75のヨーロッパミヤマ系統を図示するなかで、大きく更新したのはこの亜種、Lucanus cervus poujadei
ヨーロッパミヤマの亜種 ssp. poujadeiについて、です。
いろいろまどろっこしいので、以下のような順で見ていきたいと思います。
① 我が国での認識
② 原記載
③ 比較検討
④ その他
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まずは、我が国での本亜種についての情報をまとめます。
西山氏の図鑑(2000)の165ページにおいて図示された馬場氏所蔵の個体1♂(標本データ:Khosrova, Persia (Iran))が、本邦では初めて公開されたssp. poujadeiであった。
画像引用しますが、解説にあるように、「シリア、イランから記録されていて」と書かれているのに注目です。
この個体は、BE-KUWA,no.11(2004)の馬場氏の「ヨーロッパミヤマ大図鑑」、に再び図示され、詳細に解説されました。
正確性の担保のために、本亜種の馬場氏のページを引用します。
亜種名の下には、大きく「イラン西部」とある。
「イラン西部からイラク北東部にまたがるクルジスタンを基産地として記載された」と書かれていて、最後には「シリアからの記録があるが、現在シリア国内には産しないものと考えられる。」とある。
「シリアに産しない」というところ、根拠はなんなんでしょう・・・。
先の西山氏の記述とは、異なっているのは、「シリア」の扱いだ。
ちなみに馬場氏の図鑑の前に、チェコのKrajcikがまとめたカタログ(2001)でのp. 76において、ヨーロッパミヤマのシノニムとして処理されているが、その際、原記載地(TL)が「クルジスタンKurdistan」となっている。
馬場氏は、この記述を取り込んだものと思われますね。
なぜなら、馬場氏の図鑑25ページの分類体系図に、poujadeiのTL(タイプローカリティ)として「Kurdistan」と書いているので。
また、同定に関する記事でも繰り返し、「イラン・イラク産」が本物と書かれている。
「本物」ってなに~~~
「シリア」はどこへ~~~??
この写真の個体は、BE-KUWA, no. 23(2007)の藤田氏の「ミヤマクワガタ大図鑑」、そして藤田氏のシン・大図鑑(2010)に、かさねて姿を現すこととなった。
そこでは、分布は、もはや「イラン西部」とのみ、記されているのです。
このように、イランに産するヨーロッパミヤマ亜種として認識されていたわけです。
そんな亜種poujadeiについて、今回のビークワでは、思い切って新規個体を図示することに踏み切りました。
プラネットの原著と、手持ちの標本とにらめっこしながら考えた結果でした。
では、原著資料を見ていきましょう。
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記載者はプラネットLouis PLANET、
あのプラネットミヤマLucanus planetiに、その名を献じられた学者です。
世紀末(1890~1900初頭)にかけて、学会誌Le Naturalisteに、クワガタに関する記載文を投稿しまくっており、クワガタ分類の基礎を築いたフランス人学者のひとりですね。
このブログでも、フェアメール問題とかフルキフェル問題とか取り上げましたが、みなプラネット氏の記載文が関わってくることからもその重要さがわかるというもの。
その著作において、poujadeiの名が初出したのは以下でした。
Le Naturaliste(1897)の1/4ページのみの部分。
ただ、ここでは挿絵と簡易なディスクリプションのみで、産地情報などはないあっさりとしたものでした。
それがより詳細になったのは、 “Essai monographique…“(1899)です。
2巻立てで、数多くの挿絵を収録しており、クワガタ研究では必須の文献と言えましょう。
以下の写真はオリジナルではなく、ファクシミリ版(オンデマンド簡易製本版)w
以下、pujadei の部分の画像をすべて引用します。104ページの中程から。
以上が、第1巻における記載部分です。
この時期の他亜種のように、Var. すなわち「変種」として示されていますね。
(個人的にこのVar.の扱いってけっこう便利でわかりやすいと思っている)
ひとつめの挿絵は、1897年のものと同じことがわかり、先の論文におけるのはあくまで報告で、その詳細はこのモノグラフに譲っていたのだな~とうかがえます。
で、poujadeiの名のすぐ下に、また挿絵の下に記されているように、 Syrie シリアよりもたらされた個体だったことがわかります。
アクベシアヌスとはどう違うんだ?という観点については、さすがに挿絵のみでは難しいところかなと思うのだけど、個人的に言えることは、シリアのアクベスに比べると、ぱっと見、こちらのほうが触覚片状部の幅は広いということ。
その点で、わざわざVar.としてアクベスとか他のものと区別し、かつラティコルニスと触覚に注目して比較して記述しているのを見ると、プラネット氏もその違和感を感じていたのかな~などと思ったりしました。
ちなみに、名の由来。
西山氏の解説でも書かれていたとおり、名は、M.G.A.Poujade氏に由来する模様。
人名なので今回のビークワで提示したように、人名フランス語読みにならうならば、「プジャード」となります。
プジャード。
ポウジャデイよりは、カッコいいと思うw
つづいて、
第2巻における記述は、以下の1ページのみです。
追加報告というカタチでしょうか。
この個体は、ボワロー氏によると、《Ghazir》で採れたもののよう。
地図検索するならば、
レバノン Lebanon ですね。
これが、第1巻で図示された個体と同じ種である確証はありませんが、「フルキフェル問題」でもみたように原記載者が「同一」と考えて図示していますから、そうなるわけです。
以上のことから、プラネット氏の認識を整理するならば、氏がpoujadeiと名付けた変種Var.は、シリアからレバノンに産する、触覚片状部の幅が特徴的な個体群を想定していた、と言っていいように思います。
ちょっと待ってください。
そうすると、これまで周知されてきた「イラン」という情報は、これらプラネットの原記載には書かれていないことが明らかになりますね。
Krajcik、そして馬場氏の「クルジスタンKrudistan」という情報はいったいどこから出てきたのでしょうか。
気になりすぎます。。。
これに関しては、自分は明らかにできていません。
実際、馬場氏の図鑑の参考文献欄には、プラネットの文献が載ってないので、どこか別の情報なのかなと思うのですが・・・
もちろん、イランにかけての内陸に、この亜種とおぼしき個体群が分布していることを否定するものでないことは記しておきたいと思います。
実際に標本がありますからね。
馬場氏の個体も、ビークワで図示したようにイラン産の個体(Zilioli氏所蔵)も存在しているのですから。
自分もそれっぽいイラン産のをもってます。
ただ、それらは触角の感じとか、アクベシアヌスの特徴に似ているんです。
むしろ、それらは内陸に分布していたアクベシアヌス個体群が取り残された奴ら、あるいは知られざる亜種群ではないかとさえ思っています。
後日、時間あるときにでもUPしてみます。
とまあ、このような経緯から、シリア以南の個体は幸い手元にあるので、検して図示した、というのが今回の経緯でした。
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以下は、プラネットが図示した挿絵の個体と、それっぽい野外個体との比較です。
最後の個体のみがイスラエル産で、あとはレバノン産。
特徴は、
ラティコルニスほどではないが、幅のある触角片状部をもつ点です。
ボディバランス的には、トルコに産する「太いアクベシアヌスの個体群の小型」に似るのですが、触角の幅の広さが決定的に異なります。
レバノン産は、触覚に4節~6節の揺らぎがあります。ゴラン高原(イスラエル)までいくと、6節にだいぶ固定されてきます。
また、小型~中型にかけてラティコルニスのような顎型の発達を見せません。
小型~中型は、ユダイクスとアクベシアヌスをMIXしたような顔をします。
参考までに、レバノンの大型。
大型になると、ユダイクス顔に。かつ幅広6節、です。
ともかく、強調しておきますが、プラネットが第2巻で、レバノン産の個体をpoujadeiとしているのは紛れもない事実。
なので、ここに図示しているレバノンからきた標本たちは、「poujadeiである」といっていいのではいいでしょうか?
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最後に。
ビークワで図示したこの大きなイスラエル個体。
じつは有名な個体です。
Special Thanks, Oz!!!